成長1

 

 

 

昔友達にとあるスポーツのクラブに誘われた、仲の良かった他の友達にも声をかけて練習を見学しに行った。

楽しそうだからやってみることにした。

 

誘ってきた友達はその後すぐに辞めてしまった。

 

 

 

 

 

 

最初はポジションをもらえなかったけど、上達するごとに楽しさを覚えた。

コツコツと練習することの大切さを学んだ、今でもそれは僕にとって大事な価値観になっている。

チームは県内最強で練習はかなり厳しかった、でも楽しくて仕方なくて続けることに嫌気がさすことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ある日練習試合で少し遠征になった。

交流のあるチームで、人数は僕のいたチームの3倍はいた。

 

僕のチームはレギュラーとそれ以外で分かれて練習試合となった、所謂2軍の体制で初めてポジションをもらえた。

守備を担うポジションで攻撃をしてみたかったものの、認めてもらえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年ほど経った。

上の代が一気に減り、僕はレギュラーになり、チームの副キャプテンとなった。

ポジションは攻撃と守備のバランス型で、守備の司令部のような役割もあるものだった。

 

コーチや監督にはチーム内で最も守備が上手いとまで言ってもらえるくらいには上達した。

 

身長が高い方が有利なスポーツで、当時はジャンプ力で周りとの差を埋めていた。

だから攻撃もするポジションを任せてくれた。

新体制になって心配だったけど、1ヶ月程で先代の時のような安定感が生まれた。

僕は自信を持ってプレーしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、練習に行ったらシューズがどこかへいった。

それは母が誕生日に買ってくれたもので、1万円以上した結構いいシューズだった。

監督に言ったら探してこいとのこと。ちゃんとカバンに入れたから持ってきていることは確かだけど、練習場所にカバンを置いてトイレに行って帰ってきたら見当たらずということだが、きっとどこかで出したのだろうと思いチームも半月後には大会を控えていたから1人で探した。

 

1時間以上探してようやく見つけた、体育倉庫の中にあった。

監督には見つけたということだけ報告し、そのまま練習に参加した。

いつも試合形式の練習を最後にする(レギュラー対2軍とコーチ)、いつもと違うのは誰も僕に声をかけないこと。だからチームメイトとぶつかってしまったり、指示が通らなかったりとミスが連発した。

 

それを見兼ねた監督は僕を叱り付けた。

初めて反抗した、だが意見など通らずその日は練習が終わるまでミスを続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の練習日、ポジションの降格と副キャプテン剥奪を言い渡された。なんだか納得がいかないが、それでこのチームが強くなると監督が考えているんだなと思って受け入れた。

練習最後の試合形式、僕の代わりに年下のチームメイトが僕が担っていたポジションになっていて僕は2軍にいた。

明らかに安定感がない、自画自賛するわけではないが守備が薄くなっていることが目に見えてわかる。コーチは監督に僕を1軍に戻すよう要求しているようだ、だが監督は苦虫を噛み潰したような顔で答えている。

そのまま2軍としてレギュラーと試合形式の練習をしていた。

 

 

練習が終わり、着替えようとカバンを置いていたところに戻るとカバンがなかった。

さすがに困ってしまうので監督にカバンがないことを報告しにいこうとするとキャプテンが追いかけてきた、彼は僕と一緒に練習を見学しに行きチームに入った友達だった。

もう細かく覚えていないけど、監督に言うな、みんなお前を嫌っている、お前の親はなんで練習を見に来ないんだみたいなことを言われた。

なんとなく想像はついていた。

チームの練習には他のチームメイトの親が何人か必ず来ていた、別にサポートをしてくれるわけでもないけどただ練習を見に、談笑をしに来ていた。

 

 

僕の親は共働き、裕福でもないから仕方なかった、練習はおろか試合だってたまに見に来てくれるくらいだった。親同士の交流もあったようだけど僕の親は全然交流なんかしていなかった。

別にそれは寂しいことなんかじゃなかったし、むしろ続けさせてくれて感謝していたし、たまにだけど試合に来てくれるだけで、気に入ったシューズだって誕生日に買ってくれたから十分嬉しかった。

 

 

 

キャプテンは言いたいことを言い終えるとケータイを取り出して誰かに電話していた、構っている暇もないからカバンを探しに行こうとすると腕を引っ張られた。

しばらくしてチームメイトがぞろぞろとやってきた、僕のカバンをもって。

 

 

僕は覚悟と決意を覚えた。

二度とチームスポーツはしない。

 

 

 

 

 

僕はボロボロになったカバンと服をもって家に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日して監督に辞めることを伝えにいった、引き止められることも無くすんなりと辞められた。

正直すごく迷った、汗水垂らして働いてる親が応援してくれてたから。こんなことで辞めていいのかって考えた、母親に打ち明けたら辛いと思うなら辞めていいよって言ってくれた。父親に話したらよく頑張ったって頭を撫でてくれた。

自分で考えて決意したことだから後腐れはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後々最初に誘ってきた友達の親伝いに聞いた話によると、僕の親が練習を見に来なかったことがチームメイトの親は気に食わなかったらしく監督に告げ口をした。

僕がチームメイトをいじめている、殴っていた、泣かした。

どれも聞き覚えのないことばっかり、知らないことばっかり。

貧乏だから親が働いていて見に来れないなどの陰口も散々叩いていたようだ。

 

 

 

 

大人になって思う、集団というのは一個人の集まりだが同じ考えを共有することで集団が1人の新たな自我を生むことがある。一個人の集まりに属した者が皆同じことを考えていれば標的も同じ、意見も同じ、省かれることも無くコミュニティにいられる。

僕の親は集団に属することは出来なかった、時間もなく余裕もないから。だからチームの親集団からしたら格好の的だし、同じ考えを持たせるには敵をつくるのが手っ取り早い。標的となったのは僕の親だろう、子を悲しませれば親はもっと悲しむとでも思ったのだろうか。

僕は幼いながらに人間の愚かさを見てしまった、ある意味反面教師だがやはり今でも他人に疑心暗鬼になることがしばしばあり、悪影響を与えられてしまっている。

 

今ではこの出来事が人格形成に支障をきたしたと言ってもいいし、そういう人格にしたと言ってもいい。

真に信頼出来る人なんてそう易々と生まれるわけじゃないけど、この歳になっても付き合いのある人には心を開いていられるのだろうなと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから運動部には入らなかった。